京都、八坂通の京料理、割烹 祇園 さゝ木

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ラジオパーソナリティーと料理人、
「伝える」ための仕事術

対談:佐々木 浩×近藤光史
(MBSラジオこんちわコンちゃんお昼ですょ! パーソナリティー)

佐々木浩が、各界の著名人を迎えて対談を繰り広げるシリーズ「人に味あり 味に人あり」。
この日のゲストは、MBSラジオ「こんちわコンちゃんお昼ですょ!」でおなじみ、
パーソナリティーの近藤光史さん。
「料理」という形のあるモノ、そして「言葉」という形のないモノを
伝えるための技とは? 軽快なテンポで対談は繰り広げられました。


佐:今日は「伝える」ということをテーマに、お話を伺います。僕は、いい素材と出合ったときの喜びや感動を、料理という形にしてお客様へと日々、伝えています。そして近藤さんは、「言葉」という形のないモノを、リスナーさんへ伝えるお仕事をされていますよね。しかも週に5日も。

近:そうです。月曜から金曜まで毎日3時間半、喋っています。ラジオって、じつは関西と関東ではすごく違いがあってね。関東の場合、どんなに短い番組でも必ず台本があります。例えば、3時間半の番組なら広辞苑みたいに厚い台本が用意されています。しかも、「ここで笑う」といったポイントまで書かれていて、しっかりリハーサルを行う番組も、東京には多いですね。

佐:確かに。僕が出演させて頂いた全国放送の番組も、必ずリハーサルを行いました。

近:そして、放送中はいかにも初めて喋るかのように「芝居」をするのです。関東のラジオ番組のパーソナリティーは、どちらかというと芝居の役者さんのような能力を要求されます。かたや、関西の僕の番組「こんちわコンちゃんお昼ですょ!」には台本なんて一切なし(笑)。あるとしたら、“吼えるコンちゃん”など各コーナーのタイトルと、CMの順番が書かれたペラ紙3枚です。要するに、真っ白な中から、僕なりに組み立ててゆく能力が求められます。

佐:その思考回路って料理人と似ていますよね。どんな食材を使って、どう料理をしていかにお客様へ伝えるか?

近:その通り。料理人の場合、市場へ行って「あの魚、旨そうだ」とか、「あの野菜であの品を作ろうか」など、いい材料をいかに自分のアイデアと組み合わせて、自身の料理にするかが要でしょう。でも僕の場合、品物はありません。ですから、リスナーさんの頭の中に必ず、品物を浮かばせないといけないのです。それって、僕には凄く面白い作業ですよ。料理も同じでしょう。レシピ通りにやった場合、何の面白みもない。そこに作り手のオリジナリティが加味されてこそ、人を惹き付ける料理になる。

佐:レシピ通りだと、作った料理人の「味」が出てきませんから。

近:僕の場合も、どのような絵図を描くのか、どのように想像させるかが大切です。テレビの場合、映像として視聴者の目に全て入ります。対してラジオは、耳に入った言葉のみで、リスナーさんそれぞれが、イメージを頭の中で作り上げます。面白いことがあってね、僕は同じことしか言ってないのですが、リスナーさんによって反応が違うのです。FAXや電話、メールで返事を頂くじゃないですか。それを拝見すると、「へぇ。こういう風に受け取る方もいらっしゃるんだ」と発見があることも。僕は現品がないだけに「舌先三寸」の世界。いわゆる、詐欺師と同じ手口ですね(笑)。

佐:よく理解してます(笑)。

近:ハハハ。だからお互い、通じるもんがあるんですね(爆笑)。

佐:でも3時間半という長時間、喋り続けられるわけで。ネタの仕入れ、仕込みはどこでされるのですか?

近:13年もラジオ番組を担当させて頂いていると、ネタをどうしようかと考えて右往左往しているほうが、失敗が多いと分かります。「どっかにネタがないか」、「どのネタが僕にとって刺激的なんだ?」と、己の欲が先に出ている時ほど、いいネタは仕入れられない。逆に、何気なく街を歩いていて、「さっき通り過ぎた電柱に、面白い広告が貼ってあったな」と後でふつふつと思い出す。それこそが面白いネタなのです。


佐:なるほど。ところで今、金曜の朝10時半でしょう。オンエアまで後2時間。この時点である程度、テーマやネタの構想は練られているのですか?

近:いえ、まだです。何が僕の感性を刺激したかは、これから見えてくるのです。スタジオへ入るでしょう。すると、ディレクターや放送作家さんが、自分が面白いと感じた新聞記事などを持ってきてくれます。まぁ、ネタをひとつも持ってきてくれない日もあるのですが。そんなのアテにしていたらダメなわけで(笑)。例えば10分間、話すコーナーがあるとしましょう。トークをしながら5分が経過し、残り5分でこんな展開にしよう…と、話しながら考えていくほうが上手くいきます。


佐:その場で臨機応変に対応していくのですね。

近:例えば、2013年7月に起きたスペインの高速鉄道脱線事故の場合、何でスペインの高速鉄道があのような大惨事になったのか? 自分の頭の中に何かリンクするものかあるのでは?と、瞬時に探します。「スペインの列車事故は、JR福知山線脱線事故と同じでね、運転手のスピードの出し過ぎが原因なんです」。これだと、そこで終わってしまう。報道番組のニュースキャスターが喋ればいい内容となります。そこで。「スペインは高速鉄道構想、いれゆる日本の新幹線構想みたいなものが今もあるんですよ。フランスのTVGみたいな高速網を造って、観光客を国内に行き来させたいという目論見があり、今まさにそれをやろうとしているんやけど、国の財政が厳しいから実践できていない。でも、どこかで実現させたいという思いがあるんでしょうね。今回、事故を起こしたガリシア州の知事は、“無理からやってしまえ!フォローは後から何とでもなる”という考えをお持ちなのでしょう。ガリシア州の線路は、在来線にも使えて、高速鉄道も乗り入れするというスタイルにしたのです。しかし、その新旧混在のシステムに無理があったのでは? なぜなら、あのカーブは80kmでしか曲がれないのに、事故を起こした高速列車は180km、もしくは220kmまでスピードを出していたという話も。ですから、いつかは起こるべくして起こった事故なのです。話題を日本に置き換えますが、秋田新幹線は、新幹線と在来線、相互の行き来が可能。車輪の幅を変えるなど、日本は素晴らしい技術を持っているのです。それならここで、日本の新幹線技術のレベルの高さを、世界に商売として売り出すことができるのでは? 『スペインさんえらいことでしたな。でもあれは、無理があったんとちゃいますか? うちの技術を使ってもろたらそんなことはないんですけどねぇ』。そうすると、絶対に商売になるでしょう」って話をしたら、話に幅が出ますし、聴いてくださっている方々の夢も広がるでしょう。

佐:ホントですね。ニュースと全く違いますし、聴いている人の想像力が相当高まりますね。では、近藤さんは「伝える」というテーマのなかで、何を一番のポリシーとしておられますか?

「伝える」というなかで
守るべきこと

近:常に考えているのは「正直であること」。思ってもいないことは喋りません。そのなかで、近藤光史としての正直な思いに共感してくださる方がいらっしゃったら嬉しいです。でも僕が、他のパーソナリティーと違うのは、キワキワの線をいくときがあること。

佐:めっちゃありますよね(笑)。政治の話をされるときなんか、こちらがハラハラさせられます。クレームが来ることもあるのでは?

近:もちろん、頂きますよ。毎日放送の苦情受付係にしょっちゅう入りますから。その部署の方々には「いつもごめんな」と言いますが、彼らは「昼間は近藤さんのお守りです」って苦情をしっかりと受け止めてくれています。逆に、そのような反応があるということは、しっかり聴いてくださっている証拠。有り難いことです。

佐:僕は独立したばかりの頃、料理屋ではまず使わない鶏のナンコツを炙り、一味を振り、お客様へ供したときがあります。そのお客様は「これ旨いな!」って喜ばれて。ウケたら勝ちやと思いましたね。

近:お客さんが受け入れてくださったら、それで良いのです。「俺が出すナンコツは、そのへんの鶏料理店で出しているナンコツとは全く違う!」という根性が入っていたら怖くない。

佐:そのなかで「ここまではOK」、「これはルール違反」という加減が見えてきます。僕は、チーズとニンニクだけは料理に使わないという基準を持っています。でも、岡山・吉田牧場さんが送ってくださるチーズはひじょうに美味しいですから、そのときは、「このチーズだけは使わせてください」とお客様に前置きをしてからチーズを炙り、お出しします。

近:自分の考えを相手に伝える際、「すみませんけど…」と言えることはすごく大事。自信がない人間は、それを言えませんから。こそっと料理に忍ばせ、お客さんから「旨いな」と言われたときに初めて、「実はどこそこのチーズ入れています」なんて言う料理人は、先に伝えて勝負をしてもらいたい。要するに「潔さ」って大事だと思うのです。影でこそこそするのではなく、「これでどうです?」という勇気。もし、良くないと言われたら「すみません」と謝る度胸も忘れたらダメです。

佐:ひとつひとつの料理に勝負をかけて、お客様へお出しする。そうすると、こちらの心意気が伝わりますよね。その点に関しては、料理人もパーソナリティーも同じだと考えます。でも、自分のなかに入ってきたものを伝えるには技術が必要ですよね? 料理屋の場合、伝えるということはひじょうに幅が広いです。例えば、僕たち料理屋(和食)の仕事は、お寿司屋さんと一番似ています。お寿司屋さんに大変失礼な言い方なのですが、お寿司のネタは「切る」だけですよね。でも料理屋というのは、それを違う手法で変換し、「なるほど、料理屋の仕事やな」とお客様に感じて頂かないといけません。そういった点で、近藤さんの立場も「ここ触ったらあかんのに、でも触らないと料理にならないしなぁ」という感覚ってないですか?

近:もちろん、ありますよ。僕らは、社会の出来事をそのまま伝えたら普通の「ニュース」になります。ニュースキャスターは台本をそのまま読んで伝えたらいい。たとえ、題材が同じだとしても、僕の場合、そこからいかに膨らますかが重要なのです。一度、自分のなかに落とし込み、近藤光史がこの素材を触ったら、こうなって出てくるというように、自分なりに昇華をさせないと。

佐:なるほどね。

近:自分の思い通りか、それ以上の広がりになれば、そのテーマにまつわる様々な話題が盛り付けとなり、「あのニュースがそういう展開になるか!」となるのです。一番、清々しい瞬間ですね。

佐:料理にも同じことがいえます。お客様が想像された以上の料理を出せたときは、本当に気持ちがいいです。

近:いろんな料理人と出会い、彼らの作る料理を頂くじゃないですか。「そつなく美味しい」っていう店はたくさんあります。でも、自分に合っているかと考えたら、限定されますね。それってやはり、伝える側の「個性」や「心意気」というフィルターを通したうえでの伝達が重要ですし、受け止める側の力量や感性も必要とされます。要するに、相互関係があってこそ。やはり気の合う料理人は、僕に似た感性の料理を作られますから。だから僕、佐々木さんが作る料理を食べることが好きなのです。これからも、佐々木さんの伝える力で、どんどん僕を刺激し続けてほしいですね。

佐:ありがとうございます。

取材日:2013年7月26日