京都、八坂通の京料理、割烹 祇園 さゝ木

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店主と教育者が考える
「人を育てる」こととは?

対談:佐々木 浩×木下幸治(辻調理師専門学校 技術顧問)

佐々木浩が、各界の著名人を迎えて対談を繰り広げる、シリーズ「人に味あり 味に人あり」。
第4回目は、辻調理師専門学校・フランス料理主任教授の木下幸治先生。
豊富な経験に裏打ちされた知識と高い技術を誇る、フランス料理のエキスパートです。
教育者である木下先生と、親方という立場の佐々木浩にとって、
「人を育てる」とはどういうことなのか?
愛情に満ちあふれた対談が繰り広げられました。


佐々木(以下、佐):辻調理師専門学校・フランス料理主任教授でいらっしゃる木下先生に、今回は「人を育てる」というテーマで、お話を伺っていきます。

木下(以下、木):弟子を育てる佐々木さんと、私の立場って違いますよね。私は教育をした子どもたちを、店へ渡す役目を担っています。いつも感じることは、教育者はピッチャーで、生徒はキャッチャーだということ。こちらが、ボールをいくら投げても、生徒側にある程度の能力がないと、彼らは数を受け止められません。その能力とは、勉強熱心という意味ではなく、言われたことを何でも受け入れる姿勢です。そこにボールを投げてあげることが大事だと考えます。

佐:楽に構えていたらそこに投げてくれる、という先生もいらっしゃいますよね。木下先生の場合はどうですか?

木:私の場合、それはしません。構えた場所に投げると見せかけて、少しだけ外す場合も。すると生徒の守備範囲が広がり、視野がどんどん広くなる。生徒に気付かせる教え方が必要なのです。

佐:その意味、すごく分かります。逆に先生がキャッチャーというパターンもあるのでは? なぜなら、生徒がいろんな疑問や不満を投げかけてくる場合、それをキャッチャーである先生が受け止め、投げ返すのが大事なのかなと。それに、全ての動きを把握しているのは、キャッチャーですよね。

木:そうですね。先生はピッチャーとキャッチャーの両方を兼ね備えているかもしれません。そのなかで私が教育者として常に感じていることがあります。学校で1〜2年教えた料理が、店ですぐ通用するわけではないということ。手前共のことを言うと、よくパンフレットなどに「即戦力が身につく」などと出ていますが、それは料理じゃない。私が考える「即戦力」とは、挨拶や返事ができるなど、修業に入った店において、何事も受け入れる姿勢だと考えます。学校で教わった技術面や理論的な知識は7〜8年、自分のなかに置いておくべきなのです。

店の流儀を身につける
それこそが「即戦力」

佐:仰ることよくわかります。7〜8年とは修業の年数ですね。

木:そうです。例えば1年目なら、おやっさん(親方)が毎朝、何時に店へ出てきて、次にすることは着替えなのか、お茶を飲むのか、新聞を読むのか? また、魚屋さんや八百屋さんは何時に店へ来るのか? まずは、そのような基本的なことを覚えることが重要。そこから始まり、何を踏んだらおやっさんは怒るのか? そのスイッチはどこにあるのか? など。こればかりは、学校では教えられませんから。

佐:ほんとうにそうです。

木:おやっさんから「お前もそろそろやってみぃ」と言われたときに初めて、「あ、これってあの時、先生に教えてもらったことやな」という記憶が蘇り、実践したらすぐできるというのが、大事なのです。









おやっさん=親方制度の重要性


佐:私は、調理師学校を経て、この世界に入ったのではありません。ですから、常におやっさん(親方)の目を見ていましたね。その頃は、どの店のおやっさんも、「俺が全て教えるから、見ておけ」でした。例えば、温度に関してなら「これくらいの温度や」という感覚的な教え方だったし、練り物を作る際は「この手触りぐらいでえぇねん」みたいな。でも今はそれが通用しません。「この魚はたんぱく質を多く含んでいるから、58℃で火入れするべき」など、科学的視点もふまえて伝えると、調理師学校上がりの子たちは、「なるほど。おやっさんが言っていること、当たってるやん」と、納得するのです。

木:日本料理の伝承が、感覚的なところから理論的なものへと変わってきているのでしょう。また、おやっさんは弟子たちのパーソナリティをしっかりと見てあげないといけない。そういう点で、私がよく言う、日本料理の「おやっさん制度」は素晴らしいのです。これは、徒弟制度ではない。徒弟とはあくまでも弟子と師匠の関係ですから。おやっさんとは、親父=お父さん。スタッフたちを我が子のように育てています。そのなかには厳しさもあれば優しさもある。子どもたちは、おやっさんに言われた通りのことをやる。それが彼らのパーソナリティに影響を及ぼし、徐々におやっさんに似てくるのです。









親父の役目

佐:親父としては、スタッフたちの「性格」と「性質」をしっかりと見てあげることが重要です。性格を変えることは難しいですが、“性質”は変えることができますから。

木:同感です。生徒のなかには、自分の考え方や解釈しかできない、周りの言うことをきかない子もいます。じゃあ、その子は何に興味があるのか? そのポイントをいち早く見極めてあげることが、教育者には大事です。

佐:なるほど。僕の場合、新人を採用するのは多くても3人。ですから、彼らのいろんなことを直感的に理解できます。しかし木下先生の場合、たくさんの生徒が入学してくるじゃないですか。彼らを世に送り出すとき、「この子は伸びるな」とか、「この子は長続きしないかも」といったことが、分かるのでしょうか?

木:だいたい、分かりますね。学校では、その子の性格を判断する適正テストがあります。見た目は温和な雰囲気だけれど、テストの結果を見ると意外とキレやすいなど、あらゆることが出てきます。すべてが当たっているわけではないと思うのですが。面白いことに、1年間ずっと、本性が出ない生徒も。逆に、そういった子のほうが、客商売向きです。自分の個性は置いて、先生と接しているのですから。ところで佐々木さんは、スタッフが辞めたいと言い出したときはどうされます?

佐:顔色を見て「あ、コイツ、そろそろやばいな」とすぐに分りますね。例えば朝、市場から帰ってくるとしましょう。スタッフ全員で荷物を運ぶのですが、そこでピンときます。全く覇気がないのです。社会人1年目の子だと、五月病のパターンも多く、「おやっさんすんません。話があるのですが」とやってきます。理由は十中八九、「僕はこの店に合っていないと思うんです」もしくは、「この道に合っていないと思います」です。でもね、「この道に合っていない」。そう言われたら、僕、爆発しますよ。「お前なぁ、2ヶ月しか働いてないのに、“この道に合ってない”はアカンやろ!まわりのスタッフに失礼やろ!」と。この店に合ってないのなら、人間関係などいろんな状況があるので、僕は「そうか」となるのですが。ウチの店には14人のスタッフが居ます。来る者拒まず、逆に引き止めた人間も、ひとりもいません。

木:こっちは学校ですから、辞めさせるわけにはいきません。1年・2年という制約された時間のなかで、もし今の状況が嫌だとしても、もう少ししたら好きになれるかも? と助言をします。恋愛と一緒で、自分から好きになろうとしなければ道は開きません。食べることが好きなら1年間、食べ歩きをしてみたら?など。とりあえず、少しでも興味があることを好きになってみては、と助言をすることも。まず、生徒たちに飲食の道を好きになってもらうのが私の使命ですから。もっとも現実的な話をすると、私はお金を頂いて教えている。佐々木さんなど店の主は、お金を払っている。育て方は自ずと違いますが、いずれもまず、“好き”を見つけさせることが大事。

佐:好きを見つけさせるには、上の者がうまく褒めることですよね。

木:それしかないですよ。私は辻調理師専門学校の学生〜助手時代、辻静雄校長にいつも怒られていたのですが、辻校長は“怒りながら褒める”のです。あれは助手時代でした。辻校長がゲストを招き開かれた会食の際、辻校長がひじょうに大事にしている皿を厨房で割ったのです。食事が終わった後、責任者であった先生が、辻校長にこう言いました。「今日、お皿を一枚割りました。私の責任です」と、私をかばうのです。それでも「割ったヤツは誰なんだ!」という辻校長に対し、「私です。申し訳ございません」と私は頭を下げました。すると翌日予定していた辻校長の授業を、職員全員も聞くように言われたのです。その授業終盤、「昨日、お客さんを呼んで食事会をしたのだが、厨房で大切な皿を割ったバカがいるんだ」と。あぁ、辻校長は私のことを言っている…と、胃が痛くなりました。すると辻校長は、「皿は割れるから仕方がない。肝心なことは、割ったその皿は、誰がどこで、いつ頃、どんな技法を用いて作ったのか? それを勉強してくれたら、そんなものいいんだよ」と。

佐:素晴らしいエピソードですね。

木:それを私には直接仰らず、職人全員に伝えるように見せかけて、言ってくださったのです。その後、私がどのような人間なっていくのかを見たかったのでしょう。それから1年後です。私は、生徒を引き連れてフランス研修へ行くことに。すると辻校長は、「木下くん、あの皿を注文しておいたから、パリから持って帰ってきてくれ」と。そうして私は、特注の皿を持って帰国。辻校長に渡したら、「よし、これで終わったね」と。長い怒り方でしょう?(笑) 30年以上前のことですが、忘れられない思い出です。

佐:どこでどういう作られ方をした器なのか。それって凄く大事ですよね。僕なんて、「この器、なんぼしたと思ってんねん!」と、まず値段から入りますから。これはダメですね(笑)。

木:いえ、そんなことないです。辻校長もお金にはうるさかったですよ。要するに、絶妙な怒り方が人を育てるのです。これも20年以上前の話ですが、辻校長の東京宅での出張料理で、準備不足を指摘されました。「おめぇ、なぜ持って来なかったのか!なんでこの仕事をお前に任したんか分かってるのか!お前だったら持ってくるだろう!」と辻校長は激怒。そのときは、自分の不甲斐なさに涙が出ましたね。以降、辻校長宅に出張をすることがあれば、念には念をで、食材を多い目に持っていき、不要かもしれない資料も全て持参しました。

佐:情に訴えかけるその怒り方、今すぐ使わせてもらいます(笑)。

木:佐々木さんは、おやっさんからそういう怒られ方をしたこと、ありました?

佐:ありますね。18歳の頃、木屋町で喧嘩をして交番に連れられました。真夜中だったのですが、すぐさま迎えにきてくれたのが当時の親方です。親方からは何も言われなかったのですが、支店の親方から、「お前な、何で親父て呼ぶのか知っているのか?」と。「あだ名でも何でもないぞ! たとえ夜中でも警察から電話がかかってきたら出向いてくれるやろ。ほんまの親じゃないけど、親代わりやから親父て呼ぶねん。覚えとけよ!」。そう怒鳴られたときに、本当にそうだなと、物事の見方が変わりました。

スタッフと真剣に
向き合うということ

木:指導者は、涙を頂戴するところも必要です。その子の情に訴えかけると一生、心に残るもの。ただ褒める、怒鳴るよりも、怒りながら褒めたほうが強く印象に残ります。佐々木さん自身、親方として一番大事にしていることって何でしょう?

佐:僕は親父と呼ばれて18年になります。独立前、料理長だった頃は、今思えばスタッフ達と向き合っていませんでした。商売を始め、店が大きくなり従業員が増え、この場所に店を構えてようやく、ひとりひとりのスタッフと真剣に向き合おうと考えるように。何があっても、しっかりと目を見て話をします。棄て台詞もしてはならないと思い、今、従業員と付き合っています。すると、不思議なことに、辞める者が少なくなりました。6年、7年勤務するスタッフが、どんどん出てきています。そういうところが自分では良かったのかなあと。でも、女性スタッフによく言われます。「大将、分かりやすい」って(笑)。

木:辻校長も、単純で分かりやすかったですよ。YesかNo。失敗したか、しなかったかどちらか。上に立つ人間は、単純で分かりやすい人がいいのです。何を考えているか分からないおやっさんだと、弟子たちもやりにくいでしょう。

佐:でもね、あまりにもパターンが分かると、スタッフたちのためにならないと感じますよ。その女性スタッフ曰く、僕がやってくる足音で、ターボがかかっているかどうか分かるらしいのです。地響きのような足音のときは、「全員集合や!」とカウンター前に集合させ、「俺はこう思うんやけどお前らはどやねん!」という展開になる、と。完全に見抜かれている(笑)。

木:指導者は相当なエネルギーが要りますよね。「どうでもいい、好きにしろ」は、絶対に言ったらダメ。それは、生徒に対しても、弟子に対しても同じことです。間違っても、手を離すことは絶対にできない。佐々木さんの「真剣に向き合う心」が、スタッフひとりひとりに伝播しているのでしょう。そうして、「佐々木イズム」を汲んだ弟子たちが、「おが和」、「食堂おがわ」、「祇園にしかわ」、「老松 喜多川」…と、どんどん独立して店を出されています。彼らのなかには「佐々木さんに雰囲気が似ている」という方もいますよ。それって、「親父と似てきた」息子と同じです。それこそ、教育の原点だと私は考えます。

取材日:2013年6月29日




取材協力:昂KYOTO