京都、八坂通の京料理、割烹 祇園 さゝ木

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「人を育てることも日々勉強。巣立つ料理人には志を説く」

佐々木浩×美木剛(高等遊民)

第14回のゲストは、伝説の料理人、美木剛(みき ごう)さんです。
神戸で開業したフランス料理レストラン『ジャン・ムーラン』を関西屈指の名店へと育て、
長年にわたって関西フレンチを牽引されました。
同店は、2001年に惜しまれながら20数年の歴史を閉じましたが、優秀な料理人が
数多く巣立っていることでも知られています。
その大先輩と、「人を育てること」の難しさや、これからを担う若い料理人への思いを語り合いました。



この先の目指すべき地平


佐々木:私が独立して最初の店をもったのが1998年。当時、『ジャン・ムーラン』はすでに超有名店でしたが、数年後に美木さんが突然引退されたと聞いて驚いたのを覚えています。本日いただいた名刺には高等遊民とあります。現在は、どのように過ごされておられるのですか。

美木:高等遊民は、自分が興味のあることだけをひたすら追い求めている者です。
現役の頃は仕事で願っても時間が取れなかった、その反動みたいに今は好きな本を読んだり、国内外のあちこちへ旅に出たりと思うがままの暮らしです。

佐々木:美木さんは私より15歳年上ですから、今の自由さは将来に見習いたいほどです。けれど実際は、食事会とか様々な催しでお目にかかる機会も多くあり、食の世界とまるっきり無縁とは思えません。食べ歩きもよくされているそうですが、飲食店の現状についてはどのように感じておられますか。

美木:『ジャン・ムーラン』の開店は1977年でして、今と比べ、街場でフランス料理を供するレストランは希少な存在でした。お客さんも、特別な日の食事という感覚で利用されていたようです。店の空間とか雰囲気も含めて、レストランがハレの場として認められていたのですね。ところが、今や外食は日常的になり、ハレもケもない。料理に合わせてワインをちゃんと嗜むお客さんも少なくなり、どのレストランもこぢんまりまとまって、フレンチでいうグランメゾンが見当たらない。

佐々木:確かに、日本料理の料亭にもそうした非日常の場を担う役割がありました。料理はもちろん、器や設いも季節や利用される目的に合わせて用意したり、お客さんをもてなすことを徹底させている店は、しっかり残ってはります。

美木:日本料理には割烹というスタイルがありますね。料亭みたいな座敷はなくても、カウンターに8席ほどあれば店を構えられる。でも、そうなると必然的にそれなりの料金をいただくことになります。特に京都には、値打ちは佐々木さんと比べるまでもないのに、値段だけは同じほどの店が多くないですか。京都だからそれでもやっていける。対価としてお客さんが満足されているならいいのですが。

佐々木:京都ブランドに甘んじるか、越えてみせるか、どうするかは京都で商売する者の試金石みたいなものです。その判断は、お客さんに委ねるしかありません。とは言え、近頃の若い料理人の目指すところがあまりに現実的すぎると思えてしょうがない。うちで修業している子に将来を問うてみても、独立でき、そこそこやっていければ良しと考えている者が多いのですよ。

美木:和食カウンターの店が増えている背景には、そういう事情があるのかもしれませんね。せっかく、佐々木さんに鍛えられたのなら、大将よりも有名な料理人になってやると言うくらいの夢をもってほしい。独立するのは大変だけど、さらにその先、どうしたいか。僕らは、フランス料理を広めたいとか、店を大きくしたいとか、意欲が強かった。今のフレンチやイタリアンにはスターシェフがいませんから、目標もおぼつかないし、日本料理に比べて前途はかなり厳しいでしょう。

佐々木:若い料理人には次の時代を担ってもらわねばなりません。店はお客さんに育てられるという面もありますが、その前にまず、どんな店にしたいか、どういう料理を提供したいか、姿勢が問われる。我々も、夢を追いかけて修業していた頃のことを忘れず、若い子が高い志をもってくれるように育てなければいけませんね。

時代とともに変わる人の育て方


佐々木:現在の店は移転して3軒めで、約100坪あります。料理人は私を含めて12人、サービスが10人の態勢です。カウンター以外にテーブル席の部屋や座敷もありますので、サービスの割合が多いのです。美木さんの店ではどうでしたか。

美木:僕も移転は2度ですが、大抵、内に10人ほど、外に10人ほどいました。フランス料理の場合、メートルやソムリエなどサービス部門のスタッフも必要なのですね。料理部門では、僕は右手、左手と呼んでいましたが、スーシェフが常にそばにいるような態勢を心がけていました。どちらか欠けたときのことも考えておかないといけないから、心休まることがない。人を育てると言いますが、いっしょに料理しながらスタッフを育てるには、決して萎えない気力が必要ですよ。

佐々木:日本料理では、一人前の料理人になるまで段階を踏んでいく役割が分かれています。初めて修業する者は、追い回しといって、片づけや掃除などから始まります。そうして年数が経つごとに野菜の仕込み、揚げもの、焼きもの、その次へと順に担当していくのですが、仕事しながら覚えていかなければならないのは、どんな料理でも似たようなものでしょう。

美木:ただ、フランス料理は理論が体系化されていて、A+Bが必ずCになるように料理自体はわかりやすい。誰でもできるようになるから、後は、個々にどういうところを伸ばしてあげればいいか、それぞれ個性の違いも見えてくるのです。とにかく、スタッフを育てるのも、料理するのも日々勉強でしたね。

佐々木:うちは、スタッフをカウンターにも立たせます。そうすると、話しの受け答え、お客さんへの気遣いなど一人ひとりが各自で考えて対応できるようにならないといけない訳です。私は、楽しい味“楽味(らくみ)”をテーマに掲げていまして、料理を楽しむ、食事を楽しむことに加え、料理人とお客さんが互いに楽しみ合えるのを理想にしているのです。

美木:厨房が独立しているレストランでは、料理スタッフがお客さんと接する機会はありません。修業のときからそういう体験ができるのは素晴らしい。

佐々木:そうやって鍛えても、長くいるスタッフほど、老練になっていくというか
堅実になるばかり。それで、段階を踏む旧来の方法を変えてみることにしました。場に慣れる3年め以降は、あえて担当を入れ替えたり、いろいろ体験させてみる。ときにはサポートの脇につかせたり、オールマイティに料理と向き合ってもらうことにしたのです。

美木:その化学反応が何をもたらすか、楽しみですね。現代は、学ぶ意欲があれば、手段はいくらでも探せます。お客さんとの会話から得られる情報も、ネットで見つける情報も、情報であることに変わりない。お客さんの食べ方も多様です。そういう環境にいるのですから、自ずとスタッフの育て方も変えていかざるをえないでしょう。

佐々木:優秀な料理人を育てた実績のある美木さんに貴重なお話を聞かせていただき、力強く励ましてもらえてうれしかったです。本日は、どうもありがとうございました。

取材日:2017年3月15日