長月の椀 第9回

「名残の秋鱧 長芋の揚げ煮」


日本料理は季節を伝える料理である。そこには「旬」を尊ぶという精神が息づいている。
「旬」とは食材が大量に出盛る頃で、もっとも美味しいと言われる。
それとは別に「みんなが食べるより少しでも早く食べたい」という欲求を満たすのを「走り」という。
また「旬」を過ぎつつある食材を、季節への尊敬もふくめ「名残」という表現で食べることも多い。
佐々木の夏は鱧が主流を占める事が多い。鰻、穴子など長い魚がカウンターを飾る。
9月の佐々木は、その「名残」を楽しむ椀である。秋の鱧は脂がのって旨みを増す。
鱧は骨切をしてから火を入れる。
備長炭に直接皮目だけに火を当てる。
すると皮と身のわずかな間にある余分な脂が溶け香りもよくなる。
さてここからが佐々木の真骨頂だ。身の部分を遠火の炭で微かに炙る。
表面にかすかに焦げ目がつく。香ばしさと旨みの凝縮感が異なってくる。
それを椀に盛り付け、素揚げし八方地で焚いた長芋を添える。長芋はまさに「旬」の食材なのである。
こうして一つの椀の中に「名残」と「旬」が同居し、日本ならではの味わいを生み出したというわけだ。
そこに一番出汁を張ることで、9月の椀が完成する。
一口目の味わいから、鱧の旨みが出汁にとけ出し、椀物の味わいが少しずつ変化してゆくのである。
「喉が鳴る」とはまさにこの味わい深さなのだと改めて、椀物の素晴らしさというか怖さも知ることになる。
この変化を楽しみ、季節の食材や風物詩に話題はひろがりをみせる。
「鱧はうちの夏の名物ですが、できるだけ長い間、お客様に楽しんでいただきたいと思ってこの椀を作りました」と。
「名残」という言葉の響き。これもまた日本らしい情緒を感じる一椀であった。