文月の焼物 第7回

「アワビの柔らか蒸し ごま風味」

「夏の訪れとともに「祇園ささ木」のカウンターには大きなアワビが並ぶ。
夏の食材の王者ともいうべき迫力である。生のアワビは自分の生命力を誇示するがごとく
くねくねと動くのであった。選びぬかれた重さ600グラムの雄の黒アワビ。
約10年から12年は生息したものだろう。

「アワビは殻ごと蒸します。そのほうが磯の香りをしっかり感じることができます」と佐々木は話す。
昆布と清酒、水だけで2時間半蒸し上げる。その間に桜のチップでゴマを燻すのだ。
「2時間を超したぐらいから柔らかさが増してくるのです」と説明しながら、
アワビを殻から外し、ぶつ切りにする。そこに片栗粉を打ち、表面に焼き目をつけてゆく。

アワビは生より火が入ったほうが、遥かに香りが立つと考える。
歯がすっと入り、その瞬間海の幸だということを実感し、続いて弾力ある歯ごたえから
アワビのうま味を堪能するのである。このままでも十分に美味なのだが、
力を発揮するのが肝のソースだ。肝が持つ苦味とコクは、
アワビの持ち味に寄り添いながら、味わいに奥行きを与える。

大きな皿に肝のソースを敷く。そこに火入れをしたアワビを並べる。
黒と濃灰色のトーンが陰影礼賛の世界を見せてくれる。
しかし、佐々木は、そこにとどまらず、アワビの間にウニを乗せる。
モノトーンの世界から一気に絢爛豪華な絵巻物へと変化するのだ。

仕上げは、周りに燻されたゴマとアワビの上にはネギ坊主を散らす。
ふっとゴマから燻香が放たれる。この香りによってアワビへの期待度が高まり、
口に含むとネギ坊主の青臭さとウニの甘み、アワビのうま味、
肝の苦味が渾然一体となって、まさに佐々木ワールド全開となる。

香りと食感の変化がもたらす味わう愉しみを熟知しているから可能となる
コンビネーションといえる。そのため、アワビの食感を残しながら
香りを引き立たせる蒸し時間はどのぐらいが適切なのか、
研究することも日々の仕事と考え、検証した結果である。

「アワビの食べ方ってホントにいろいろあると思うのです。
大事にしたいのは食感と香りです」と佐々木は言い切った。
それを尊びながらも、無理なく重ねることの醍醐味をプラスした
「祇園ささ木」夏の傑作である。