皐月の焼物 第5回

「海鱒の炭火焼き」

鱒や鮭は、いまや一年中市場には出回っているが、印象的には秋という感じを受けるのが一般的である。
しかし、海鱒といえば、そのイメージは一瞬にして変わる。春から夏に移る短い期間、料理屋の献立に加わる。

「祇園ささ木」5月の焼物は海鱒だ。
三枚におろした海鱒を塩打ちして一晩寝かす。
ここで余分な水分が抜ける。
そうした海鱒を太白ごま油で2時間(48度)かけてゆっくり火入れをする。

「これで準備は整いました。これから仕上げてゆきます」と佐々木は、炭火を取り出した。
普通なら、炭火の上に海鱒をかざして焼き目をつけるのかと想像する。
しかし、佐々木はなんと網によく熾った炭を乗せ、皮目を上にして並べた海鱒の上に網を近づけた。

なるほどサラマンダーの役割を炭火で果たそうとしているのだ。
目の前で炭が近づき、鱒の皮がちりちりと音を立て焼き色がついてゆく。
上から火がはいることによって余分な脂が落ちてゆく。そして香りだけが立ってくるのだ。
音と香り、そして色合いの変化で食べる側はぐいぐいと佐々木ワールドに魅せられ、引きこまれてゆくのであった。

海鱒は半分ほど火が入り、あとは半生状態。
器にホワイトアスパラガスと共に盛られる。
海鱒にはグリーンアスパラガスのソースである。アスパラガスには黄身酢となる。
海鱒。皮目がパリっと香ばしく、そこに青味のあるソースがからむ。
つづくねっとりした歯ざわりと香りには、胃袋が素直に反応するのだ。

ダイナミックな火入れのテクニックに魅了された逸品である。
「やはり炭火の力はすごいと思います。香りの立ち方が違います」と佐々木は炭を使うことの利点を話す。
ずっとむかしからある炭という存在に、佐々木は新たな光を与えたように思える。
炭火を海鱒にギリギリ近づけて火入れをする佐々木の真剣な目つきはずっと記憶に残っているのだ。