文月の〆のご飯 第7回

「鱧の源平」

京都の夏は祇園祭。
街中に「コンチキチン」と祇園囃子が流れ、情緒が高まってくる。
この季節に旨くなる魚が鱧。
祇園祭は別名「鱧祭り」とも呼ばれる。
鱧の料理は、焼霜、おとし、鱧しゃぶ、天ぷら、フライ、寿司などいろいろなバリエーションが楽しめる。
佐々木浩もまた鱧を愛する料理人。
「こんなにさまざまな調理ができる魚には魅力があります。最後のご飯で鱧を出すと受けますね」
活きた鱧をさばき、骨切りである。
ここで技術が問われる。リズミカルにかつ細心の注意を払い、骨をきれいに切ってゆく。
それが食べたときのふんわりした食感を生み出すのだ。
骨切りされた鱧に串打ちを施す。
一方はタレをしっかり鱧の身にまとわせるようにかける。そして遠火の強火で焼く。
香ばしい匂いと音によって佐々木は焼き加減を判断する。これは人間の感覚でしかできない技である。

もう一方はなにもつけずの鱧だけを焼いてゆく。
焼き目を一切つけずに、身に火入れをしなければならない。
これもまた人間の緻密な感覚がモノをいう仕事となる。
白焼きされた鱧は、梅干しご飯の上にたっぷりとのる。
そこに再び梅干しを加え大葉をふる。一気にかき混ぜる。
白と赤と緑のコントラストも美しく、梅から発する酸味が鱧の甘味をぐっと引き上げてくれる。
最後のワサビが味の輪郭をしっかりさせるのだ。
さっぱりしているのに、印象はかなりのインパクトがある。

タレ焼きには、小さな賽の目に切られた生姜をかけ、その上からたれをまぶしかき混ぜる。
褐色が食欲をたまらなく刺激し、また口に含むと生姜がプチッとあたり、
その辛みがまた鱧の味わいに深みを持たせるのであった。
タレの味わいと鱧はじつに優雅な出会いで、鱧をどっしり食べたという満足感が
身体全体に広がってゆくが、それは決して重いという感じはないのが、
佐々木浩のバランス感覚が生み出した技といえる。

京都の夏はいろいろな料理屋で鱧が供される。
その中で「祇園ささ木」ならではの鱧、と考えぬかれたご飯である。



夏が近づくにつれ、この「鱧の源平」を食べたくなる人達は多い。